国立劇場1月民俗芸能公演「 田峯(だみね)と西浦(にしうれ)の田楽」に行ってきた

静岡・長野・愛知3県の県境の山間部には、古くからの田楽が伝承している地域が多いとのこと。そのうちの「田峯田楽」と「西浦田楽」が、2019年1月26日に国立劇場で上演され、夕の部の「西浦田楽」を見に行ってきました。

「年の初めに新たな春を迎える行事として寺院などで様々な行事が行われてきました。その中で農作業の過程を模擬的に表現する田遊びや神楽風の舞など多様な演目で構成される「田楽」の芸能も伝承されてきました。今回は、三遠南信地域の2つの集落に伝わる田楽を、特徴的な演目を中心に上演します。 (公演パンフレットより)

田楽というと神様に奉納するための、神秘的な、儀式的なもののイメージを持っていました。

その舞や演奏を見る機会があれば見てみたいと思っていたのですが、私のような部外者が、現地で行われる田楽を、興味本位で見に行ってはいけないように感じていました。ですから、今回国立劇場で上演される機会をとてもうれしく思います。

伝承する演目はたくさんあるようですが、今日演じられたのは「地能」という神事としての演目のうち10演目と、「はね能」という面を付けた演者が舞う4演目。

舞台には焚火を模したセットが添えられており、太鼓と笛の演奏に、演者が数人、交代で演目を舞います。田楽は実際、夜通し明け方まで行われるのだそうです。

伝統芸能については基本的知識も無い私で、それぞれの演目について知識面から解説することは残念ながらできません。西浦田楽を見て感じたのは、「見ていてなんだか楽しい」ということでした。

もちろん、厳かに感じる場面、たとえば帯刀して羽織をはおった人物が舞うような演目もありました。しかし、多くの演目が舞はリズミカルで、反復する謡の節、また笑いを誘う演目もあり、上演全体を通して、なんだか心地よい気分で見ていました。

神事であったり、観音様への奉納としての芸ですので、楽しいなどと言っては不謹慎なのかもしれません。でも、厳かで、儀式的なのだろうと想像していた私にとっては意外に感じました。

舞っている人も、もしかしたらリラックスしているのかもしれない、例えば歌舞伎とか文楽とか、それを生業にしている人の舞台を見に行った時のことと比べて、そんな風に感じました。本業以外に、先祖伝来の奉納の田楽を受け継ぐのはさぞかし大変であろうと思いますが、以下、会場パンフレットにも興味深い解説が書かれていました。

 

しかし、決して厳しさだけではない。能衆は舞う事がなにより楽しいと語る。また、面をつけるとご先祖様に会えたことを実感するという。ここの民間における芸能の本質があると言ってよい。(会場パンフレット「西浦田楽-太陽と月、そして先祖への畏敬-」より)

 

余談ですが、会場の外でこんな本を買いました。

今ではもう、途絶えてしまった田楽もたくさんあるのだとか。途絶えてしまう前に取材した、そしてその本自体も絶版になってしまうようなことも、沢山起きているのでしょう。古書街にある本の価値を感じました。

古典芸能については、今年掘り下げてみたいことの一つです。