【オーケストラ初鑑賞】年末の第九の演奏を聴きに行ったら、なぜか号泣→感動→そして エネルギー切れになった話

クラシック音楽に触れ合うのは、たまにCDで聞く時くらいの私だけど、いつか年末にベートーヴェンの交響曲第9番を聞きに行ってみたいと思っていた。
 
調べてみると、東京では、NHK交響楽団(N響)、読売交響楽団、そして今年2018年末は来日しているウクライナ国立歌劇場交響楽団が年末に第9のコンサートをやっているらしい。

 
どこの演奏会に行ってみようか迷った。各オーケストラが、東京でも、そして横浜でも12月に演奏会を行っているようで、迷った。結局、日程のあう NHK交響楽団のコンサートに行くことにした。

NHK交響楽団「第9」チャリティーコンサート

初めてのオーケストラ鑑賞。

会場の前方の特等席を取るのも気が引けて、A席で2階席のチケットを予約した。

代金¥12,000。こういったコンサートの相場が分からないですが、CDが何枚か買える値段なのには、少し驚きました。

NHKホールに行くのも初めて。原宿駅から10分くらい歩く。

12/26(月)夜18:00開場。
会場の入り口にクリスマスツリーが。そしてSymphony No.9の垂れ幕。 「ついに来たなあー」と感じます。

客席に着く。2階席だったが周りには空席もちらほら見えた。

客層は年配の、家族連れの方が多かった気がします。なお、未就学の子供は入場できません。


  

19:00 演奏開始

指揮者が登壇し、演奏が始まる。冒頭に誰かが挨拶するとか、今日の演奏について説明するとか無いので、少しおどろく。
  
そして、私はと言えば…演奏開始そうそう、なぜか涙が流れる。。


というのも、 聞こえてくる音がCDと全然違って心に迫るものがあったから。

同じ曲なのに、CDで聴くのと生演奏で聴くのはまるで別物だ。

音に形があるように感じる。その形は、丸い感じ。

音が丸い形をして、演奏者から飛んでくるみたい。

そうか、音は波だから、形があっても変じゃないんだと、涙を流しながら妙に納得する。

 

旋律を味わう第1~第3楽章

生演奏に興奮しつつ、第9を聞くことに集中する。

それぞれの楽器が、旋律を奏でているのがよくわかる。CDを聞いているうちは、そのうちたった1つか2つの旋律しか耳に入っていなかった。

こんな音楽たったのかと、CDで聴いて知っているはずなのに、旋律が初めて聴く曲のように感じられる。

ベートーヴェンの第9といえば、合唱のある第4楽章が印象に残りがちだけど、第1~第3楽章十分に楽しむことができたのが、生演奏を聴きに行って最も価値のある事だったと思う。

会場で配布された冊子に、指揮者・マレク・ヤノフスキのエッセイが載っていた。指揮者自身も、第3楽章をとても大事に思っていることが知れて、それも知って楽しいことの一つだった。「神」という表現まで出てきます。

『私にとってはベートーヴェンの交響曲すべてが重要ですが、この交響曲においては緩徐楽章にこそ意味があります。霊感に満ちあふれた、19世紀で最も重要な音楽のひとつです。
(中略)
「では、第3楽章の中で最も大事な部分はどこですか?」…(中略)それがどの場所かというと、4/4拍子で変ロ長調、ヘ長調の和性が急な転調でニ長調に移行する部分、きわめて非凡な、まるで「神」を感じさせるような移行部なのです。 』

‐ NHK交響楽団「第9」演奏会 2018 会場配布パンフレットより

「神」という表現は決してオーバーではなさそうだと、音楽と縁の少ない自分だけど、そう思う。気が付けば、第2楽章、第3楽章を聞きながら、演奏に合わせて身体を揺らしたりしていた。

  

圧倒されて朦朧となる第4楽章

第9を聴きに来たからには、一番聴かなければならないのは合唱のある第4楽章だと思っていた。ところが、、、第1楽章で涙し、第3楽章までの感動と集中し、バリトンの方の第一声でまたまた何故か涙腺崩壊・・・で疲れてしまい、そこへ来て合唱の演奏の大音声!

感覚器がオーバーヒートしてしまったのか、合唱が耳では聞こえているはずなのに、頭が反応していない感じ。第4楽章が始まるまでに、エネルギーを使い果たしてしまったようでした。

そして、あっという間に演奏が終わり、カーテンコール。第4楽章からここまで、ぼーっとしていて記憶があまりありません(汗)

演奏会の前に腹ごしらえ、しておくべきだったかもしれません。

 

最後に

第9の演奏会、というより初めてのクラシックコンサート鑑賞は、思っていたよりもとても満足感があった。また、来年も聞きに行ってみたいと思います。思いの外、演奏を聴くのには心を動かされたり、集中力を使ったりするので、腹ごしらえを忘れずに。