ヒーリングサロンに行ってみる

ヒーリングサロンに行った。
住宅街のアパートの一室のそのサロンは、光が多くて明るくて、内装が白くて、綺麗な石とか数珠とか、見慣れない文字のお札のような紙とか、お香とか、そんなものが置いてある不思議な空間だった。
  
ヒーラーの人に「どういう経緯でここに来たのですか?」と聞かれて、上手く答えられなかった。
本当に、ここ数週間、ヒーリングサロンに行くまでの経緯はよく覚えていない。そういう人は、多いそうだけど。
   
私について覚えていることは、ある本を読んだら、健康法とか運動とか食事の本でもないのに、なぜか体調がよくなったことだ。
その本の中では宇宙人とかスピリチュアルとかについて書かれていた。
 
そういう世界について、今まで全く信じなかった。非科学的だから。エンターテイメントなんだろうと思っていた。
けれども、なぜかその本に書かれている見えない世界は本当に存在する気がしたし、身体の中をエネルギーがよく循環しているような感じは何か、今まで感じたことがないような種類のものだった。
その後、この体内を気持ちよくエネルギーが循環する感じはどうやったら持続できるのか、本を読んでみたり、マッサージに行ったり、天然石を見に行ったりしたけどどこに向かったら良いのか全く分からなかった。
毎日仕事をしているうちに、あのエネルギーが循環する感じは無くなって、イライラしたり、疲れたり、そういうありがちでストレスフルな毎日だった。
そのうち、なんとなくGoogleで検索してピンと来たのが、そのヒーリングサロンだった。
    
1時間ちょっとのヒーリング。
目を閉じたまま立った私の周囲で、ヒーラーの人は、よく分からないけどなにか儀式のような操作を行っているみたいだった。
理屈では、きっと理解できない何か。
ヒーラーの人も、私にもわかる表現で説明してくれようとしているのは感じたけど、何かそこにある世界を表すにはまったく足りないような感じだった。
    
私は緊張しているのもあって、ヒーリング中に感極まったり、何かが降臨したりとかは全くなかった。でも突然、10歳の時に死んだおじいちゃんの遺影が左目の前にばーーんと浮かんだのは覚えている。
いつも、おじいちゃんを遺影で思い出すことはないのだけど、「あれ?今、おじいちゃん遺影だったな」なんて事を考えて、ついでに去年亡くなったもう一方のおじいちゃんのことを思い出したりしているうちに、少しずつ身体が軽くなって行く気がした。
  
おじいちゃんは、私の身体を軽くしに来てくれたのかもしれないし、もしかしたら、今まで私を重くしていたのかもしれない、とも思う。孫の中で、とりわけ私に期待していたというおじいちゃん。私は無意識に期待に応えようとして、頑張ってきた。
そのおじいちゃんが、淋しいけど遺影になって、私は軽くなったのかもしれない。
   
そのあと、何やら後頭部を触られていたのは、クリスタルでエネルギーを注入しているとのことだった。
じっと、同じポーズでじっとしてるのは少しつらかった。ヒーラーの人によると私は身体が力んでいて、反応が悪いらしい(笑)
そうかもしれない。私は、いつも人目を気にして、力が入っている。
感度(?)の良い人には、この時間は見えない何かを感じ取るような瞬間なのかもしれない。
  
姉も両親も、昔からUFOが見えたとか霊を連れて帰ったとか、たまに言うけれど私の周りはそんなことすら起こる気配も無かった。
不動態。金属の内部が腐食しないように表面に膜を作ることをそう呼ぶ。私はこの言葉を聞くたびに自分を連想する。
何ものも自分の中に響かせないために、表面を守って動じない態を作る。
私は、不動態。
     
脱力することが、上手く行く秘訣というメッセージをよく受け取る。本の一節にあったり、そう話す人がいたり。
上手く行くときは、リラックスしている時。
努力、挑戦、苦しくても頑張る。
今まで私はそうやって頑張ってきたけど、そういうのとは対極にある時が、実は色々上手くいく時なのかもしれないと思う。