やりたいことがやれない性質

やりたいことを我慢したり、「どうせ自分にはできっこない」と理由をつけて諦めたり。
「自分がどうしたいか」で選択できずに、「誰かがこれで納得するだろう」と、自分が本当にやりたいことをしない癖がある。
  
「お姉ちゃんはワガママで、手がかかって、お母さんは大迷惑している。あなたが大人しくて、助かるわ」
 
小さい頃、いつもそういわれて育ってきた。
そのせいか、「自分のやりたいことをすることは悪。周りの人の希望に従って生きなければならない」そう頑なに思い込んでいた。  
  
「こうすべき」という頭の中の誰かの声に従って、本当は自分で自分のことを決めていない自分に自信がなかった。 
そんな自分と対照的に、自分で考えて自分のことを決めて生きている知人を憎らしく思いすらした。
 
   
就職して金銭的に自立して、ようやく手に入れた自由。それでも、社会人になって早々に結婚したのは、自分ひとりでは自分の人生の舵をとる自信がなくて、誰かに依存していたかった、そういう気持ちが働いていたからだと思う。
    
あれから数年。そうして得た精神の安定と共に、またしても、今度は自分で選んだ家族から、干渉や制限を受けることに甘んじている。
  
旅行?面倒くさい。何のために疲れに行くの。
家電の買い替え?必要ない、不便だけど使えてるから。
転職?新卒から定年まで勤め上げるべきでしょう。
  
パターンは、繰り返される。
でも罪悪感を感じてしまうような環境を、自分から選んでしまったんだ。
自分の決断を100%尊重してくれる家族だと、不安でしょうが無くなるかもしれない。
 
それにもう、自分は何がしたいのか分からなくなっていて、「これがやりたい」と思って始めたことだって、適度な付き合い方がわからなくて、すぐ嫌になって投げ出したりして、自分という人が分からないんだ。 
  
20代までは、それでも友達と遊んだり、進学や就職、たくさんの刺激を受けて自分が成長するような機会もあった。
 
30代になって待っていたのは「自分から動かなければ、何も変わらない世界」。同じ職場、同じ毎日。家族が出来て、仕事も忙しくなって、人との付き合いも減ったし、新しいことを経験する機会も、受け身で生きていると無い。
  
このまま何も変えないで生活していると、どんどん世界が狭くなって、成長しない。そういう気がした。だから、自分がちょっとでもやってみたいと思う事は、大人げなかろうが、常識からずれていようが、キャラになかろうが、やってみることにした。
  
旅行したり、盆踊りの輪に入って踊ったり、お化け屋敷のお化け役、海辺でゆっくり・・・。
  
ほんのちょっとずつだけど、やりはじめるようにした。
痛みがないことは、楽しくもない。人より遅いけど、自分の脚で立って、道を選んで、歩いていけるように。