読んでから5年経って、怒らなくなったかどうか。怒らない技術/嶋津良智

怒りまくっていた5年前
 
5年前、私は職場で頻繁に怒っていた。上司からは仕事の質が悪いと毎日罵倒されて内心に怒りを貯め、そして、同じグループで仕事をしている後輩が思うように動いてくれないと年がら年中イライラしていた。今考えると反省することしか無いのだけれど、後輩に対しては料簡の狭いことで怒ってしまったこともあった。
 
あるとき、歳の近い後輩から手厳しい反撃をされ(私に対しては、日ごろから敵意があったのだろう)、怒りに震えたまま週末を迎えた。
  
ショッピングをしてゆっくり過ごそうと思ったのに、後輩の言動を頻繁に思い出し、怒りが蘇って買い物に集中できない。早々に帰宅して休もうと思って、駅のホームで電車を待っている間、ホームの時計を見ながら自分を観察をした。
  
腹の立った出来事を、自分はどのくらいの時間間隔で思い出しているのか?
  
測った結果に、驚いた。
たった5分だった。
  
せっかくの休日というのに、起きている間5分に1回も、腹が立った出来事を反芻し、頭の中に怒りを呼び戻していたのだ。心身共に、まったく休まらない。
今は目の前にいない相手に対して、そんなに頻繁に怒りを感じるなんて、私は、何かおかしいのではないか?自分に危機感を覚えた。
 
当時すでに、上記のように周囲に手痛い反撃をくらったり、休日をも平穏な気持ちで暮らせない生活に疲弊しつつあった。
そんな時、手にとって読んだのが、当時ベストセラーになりつつあったこの本だった。
   

  
 
一念発起した。今後は、怒らないようしよう。そう思って、本に書いてあった「怒らない技術」を試した。 
当初、急に私が怒らなくなったので、周囲は「なにかあったのだろうか?」という表情をしていた。けれど、その努力は1~2か月くらいしか続かなった。私はまた、徐々に怒りをあらわにするようになり、そんな自分自身に敗北感を感じていた。
 
当時を振り返ってみると、あんなに怒りが沸いていたのは、ストレスフルな職場環境にいたことが大きな原因だったようにも思う。上司には無理なノルマを課せられ焦っていたし、睡眠もろくに取れないほど長時間労働していた。「怒らない」ための独自の努力でどうにかなる範囲を超えていた。
  
 
あれから5年。私はそんなに怒らなくなった。
   
5年の間に自分の生活はとても変わった。別の土地に住み、違う会社に勤め、子供も生まれた。
よく怒ってしまった後輩とは疎遠になった。自分のやってきたことを思うと仕方がないけれど、とても残念で二度と味わいたくないことだ。一方で、後輩との接し方については自分なりに努力した結果、数年後には慕ってくれる後輩もちらほら出てきてくれた。子供を持ったことでも価値観は変わった。自分の子も周りの子も変わらず純真な姿を見るにつけて、自分の固定観念で、人を裁くのは愚かなことだと思った。
 
5年間、あの本のノウハウが、頭の片隅に残っていたのかもしれない。けれど何より、「すごく怒るタイプだったのに、一転、全然怒らなくなった」という著者のような人がこの世の中に存在する、という驚きが印象強く残っていた。自分も、努力次第では怒りに振り回されなくなれるかも知れない。この5年間、時々はこの本のことを思い出して、そんな風に思っていた。(今、初めてこの本を読んでいたら、「嶋津さんにできるなら私もできるかも」なんて恐れ多くて思わないでしょう。当時は世間知らずでした…)
  
上手に表現することをゴールに 

とはいえ、内面で不満に思っていることは、実はたくさんある。特筆するべきなのは、「人に理不尽に怒っている人に強い怒りを感じてしまう」ということだ。
そう、冒頭で書いた過去の私と同じ「マイルールを人に押し付けて、目下の人を勝手に罰して、怒っている」他人の言動を見ると、言いようのない怒りを覚える自分がいる。
 
人は、自分が抑圧した気持ちを表出している人を見ると怒る、という説がある。  
私も心のどこかでまだ、人を怒りたい気持ちを抑圧しているのかもしれない。
  
今、ストレスがかからない環境にいるから、怒りを制御できた気になっているだけかもしれない。仮にまた、ストレスフルな状況に戻ったとすれば、同じく怒ってしまうのではないだろうか。
私の性質は、変わっていないのではないか。
    
最近話題の「アンガーマネジメント」については、聞きかじった程度でしか知らない。間違っていなければ、その方法では、怒りは「上手に表現する」ことがゴールなのだという。
怒りを抑圧して、目を背けるのではなくて。自分の怒りや不満を上手に表現することがゴールだとすると、私の自分の怒りとの付き合いは、まだ道半ばだ。
  
まずは、5年かけて周囲に怒りをまき散らさなくなったところで、この本にお礼を言わないといけない。自分の性質と向き合うのは時間がかかる。けれど、その長い道のスタートを切ることはできた。次の5年後はどんな風になっているだろうか。