【ワーキングマザー】マミートラックの出口

育児休暇から復帰したあとに、好きな仕事ではあったれど、激務と両立できず異動希望を出したこと、そしてその後、マミートラックへ移されたことは、こちらの記事で書きました。

育児休業から復帰した時のこと①ヤバい職場、ヤバい私

育児休暇から復帰した時のこと②挫折

母のキャリアは難しい~「マミートラック」での思い

その後、やりがいのある仕事を求めて転職という道を選んだわけですが、本当に、その選択しかなかったのでしょうか。

マミートラックで動かずに待っていたら、状況は変わらなかったでしょうか。

今日は、その辺を考えてみたいと思います。

厳しい上司は、一年後にいなくなった

育児休暇からの復帰後の職場は、仕事量が膨大で、上司もヒステリックに部下を責めるばかりの、精神的にも体力的にも厳しい職場でした。

私はこのままでは育児と仕事が両立できないと感じ、自分から異動を希望しました。
しかし一年後、なんとその部署は解体し、新たな上司の下に置かれたのでした。

ナーバスな問題で、社内の誰かから原因をはっきり聞くことはありませんでしたが、漏れ聞くところによると、その厳しい元上司が、部下を追い詰めすぎることが原因で、何らかの介入があったようなのでした。

私ももしあと1年我慢できておれば、ずいぶん働きやすい職場に変わっていたかもしれません。
もしかしたら、好きな仕事を続けられたしもしれません。

マミートラックからの引き抜きの話

子どもが出来るまでは、昼夜なく働いて、仕事でもそこそこ良い成績を残していました。

けれども育児休暇からの復帰後は、良いことが一つも無いように感じていました。

上で書いた厳しい上司に、以前ほど働けないことを責められ、異動を希望すればマミートラックに入れられ、そこでは仕事も与えられず、職場の上司にも相手にされないような状態でした。

新卒で入った思い入れのある会社でした。
若手の頃は、その会社を盛り立てる一人になればいいなと思い描いて、がむしゃらに働いていました。
周囲より頭ひとつ抜けようと必死で頑張って来たのに、結局、抜けるどころかマミートラックに埋もれてコースアウトしていた。

けれど、出産を経てワーキングマザーになった今、私を気にかけてくれる人は、社内で一人もいないと感じていました。

子供がいても役にたてるはずと、自分の実力を過大評価して、空回りしていた自分も恥ずかしかった。

そういう自分に、そして当時の状況に失望し、新しい会社でやり直そうと決め、転職を決めたのでした。

ところが、退職を会社に告げた後に、社内で複数それぞれ別方面から、私をマミートラックから引き抜こうと動いていた人達がいたこと知りました。

もともと、出産前までに一緒に仕事をしたことがある人たちでした。
辞めていく人への常套句かもしれませんが、「私の実力を買っていた」「辞めるのは惜しい」「いつでも戻って来て」とも言ってくれた。

それまでさんざん悩み、そして会社を辞める決断をした後になって、やっと聞けた暖かい言葉に、私はひっそり涙していました。

私の本心は、ただ、会社に、周囲に認めて欲しかっただけなのでした。

狭くなっていた視野

全力で走ってきたそれまでの道を、子供ができたことで踏み外してしまった。
そしてそのまま、誰も見向きもせずに、このまま退屈な仕事しか与えられないのでろう、そして、それまで競ってきた同僚たちの背中が遠のくの悔しさ。

そういう気持ちに耐えられず、転職に踏み切ってしまいましたが、
自分は捨てたものでは無いと、そして周囲にも見てくれている人がいると信じて待っていたら、
またその会社で、自分の道が見えてくる日も、遠くはなかったかもしれません。

ロクに仕事を貰えず、上司にも相手にされない悔しさに、私は焦り、視野が狭くなっていました。

マミートラックの出口は、実は近かったのかもしれません。