「平安の秘仏―滋賀・櫟野寺の大観音とみほとけたち」 東京国立博物館

東京・上野の国立博物館にて2016年9月13日(火) ~ 2016年12月11日(日)の間、
滋賀県甲賀市・櫟野寺の古仏 約20体が展示されています。
  
<東京国立博物館 公式サイト>
http://www.tnm.jp/modules/r_free_page/index.php?id=1779#top
  
  

櫟野寺
この寺は、792年(延暦11年)この地を訪れた最澄が十一面観音を安置したのに始まると伝えられ、806年(大同元年)坂上田村麻呂が堂宇を建立したという。たびたび堂宇を焼失しているが、そのつど再建されている。(wikipediaより)

 
<こちらがお寺のHP(仏像の写真あります)>
http://www.rakuyaji.jp/engi.html

 
現在、お寺の宝物殿は改修中。それでこの仏さまたちが、東京までお越しになったようですね。

さっそく、見に行ってきました。

   

このお寺の仏像たちは、平安時代以降に作られたもの。
  
本尊の十一面観音坐像。丈六仏の座像だから、高さは2.5mくらい。上半身は一木造というから、直径3mくらいの木を使ったのでしょう。
 
この時代に特徴的な、肉付きのよい円い顔立ち。弧を描く眉、広い瞼。瓶を持つ指もぽってり太く、力強い。時代が近い、京都・東寺の仏像に顔だちが少し似ていると思いました。

しかし、同時代の仏像と違うところもあるようです。幅の広い鼻、吊り上がった目をしている仏像が多いこと。
「甲賀様式」といい、この地域独特の手法なのだそうです。
 
平安後期の仏像になると、中央の影響を受けた定朝様式のものも見られるようになります。しかしそれまでは、この地域に、独自の技を持った仏師たちがいたようですね。
  
この櫟野寺の辺りには行ったことが無いですが、古くから天台宗のお寺が点々とある地域のようですね。
仏師たちは、どんな生活をしていたのだろう。何のために彫ったのだろう、密教寺院が多く、山に囲まれて木が多かったというだけで、これだけの技術が発達したのでしょうか。
次から次へ、疑問と想像が浮かびます。面白い仏様たちです。